ここまでの欧州予選グループ2
1986年にメキシコで開催されるワールドカップ本大会出場権を巡って行われている欧州予選グループ2は、前回大会準優勝の西ドイツ、チェコスロヴァキア、スウェーデン、EURO1984でベスト4のポルトガル、マルタの5カ国が入り、上位2カ国が出場権を獲得できることになっている。
本命は一応西ドイツではあるが、EURO1984でグループリーグ敗退を喫しており、絶対的な本命ではなくなっていた。形式上は本命西ドイツにチェコスロヴァキア、スウェーデン、ポルトガルの3カ国が2位を争うグループと見られていた。
EURO1984をベスト4で終えたポルトガルは、ワールドカップ欧州予選に入っても好調を維持して3勝1敗でホームに西ドイツを迎えることになった。一方の西ドイツは、EURO1984でグループリーグ敗退を喫してデアヴァル監督が辞任し、スーパースター・ベッケンバウアーが監督に就任した。ここまで予選を2戦2勝してアウェーのポルトガルに乗り込んできた。
試合
立ち上がりは一進一退の攻防で始まっていったが、次第に西ドイツがチャンスを作り出していき前半19分、左サイドからFKをフロンツェックがポルトガルゴール前に上げ、ベルトールトが詰めたがGKベントがセーブしてゴールにはならず。26分には、ペナルティエリア外左45度のFKをリトバルスキーが直接狙ったがゴールにはならなかった。
そして前半28分、左サイドからファルケンマイヤー、マガト、フロンツェックと繋いでフェラーがドリブルで持ち上がり、ポルトガルゴール前に折り返してリトバルスキーがゴールに押し込み、アウェーの西ドイツが先制点を挙げた。さらに29分、右サイドでリトバルスキーがキープしたボールをマテウスが持ち込んでゴール前にクロスを上げてフェラーが飛び込んだが、一歩合わずに追加点とはならなかった。
迎えた前半37分、中央でボールを受けたブリーゲルが左前のフェラーにスルーパスを出し、フェラーがシュートを決めて西ドイツが追加点を挙げてリードを広げた。ホームのポルトガルは一方的に抑え込まれているわけではないのだが、ペナルティエリア内に入り込めずにシュートとラストパスの精度が少し欠けていた。
後半39分に右サイドからフットレがドリブル突破で西ドイツペナルティエリア内に入り込んで、折り返したボールが西ドイツDFの手にあたったがPKにはならず、直後CKをショートコーナーからフットレがシュートを撃ったが枠を外れていった。そして前半が終了し、2-0の西ドイツリードでハーフタイムに入っていった。
後半に入り、ポルトガルはアントニオ・アンドレに代えてディアマンティーノを投入して打開を図り、後半の立ち上がりはポルトガルペースで始まっていった。しかし、決定的チャンスを作れずにいると後半49分、左サイドからフェラーが突破してドリブルで持ち込み、ゴール前に折り返してマテウスがシュートを撃ったがヒットせずに枠を外してしまう。
さらに後半52分、再びフェラーが左サイドを突破してリトバルスキーにパスを出し、リトバルスキーがポルトガルDFを2人かわしてシュートを撃ったがGKベントがセーブしてゴールにはならなかった。なかなかチャンスを作れなかったポルトガルだったが後半57分、パチェコが中央からマガリャンイスとワンツーを狙ったが合わずにこぼれ球になり、これをディアマンティーノがボレーシュートを撃って西ドイツゴールに突き刺して、ようやくポルトガルが1点を返した。
勢いに乗るポルトガルはその後しばらくは猛攻を仕掛けていったが、決定的チャンスを作るまでには至らずに僅かにフットレがミドルシュートを撃ったぐらいだった。するとポルトガルの猛攻にも陰りが出てきて、後半70分以降からは西ドイツがゲームをコントロールしていき時間だけが経過していった。
そして試合はこのまま2-1で終了し、西ドイツが勝ってここまでの予選を3戦3勝の勝点6とした。敗れたポルトガルは、これでホーム2敗となり予選通過に黄信号が灯ってしまった。
その後の両国
ホームで西ドイツに敗れたポルトガルは、3勝2敗となって首位通過は絶望的になり、チェコスロヴァキアとスウェーデンの3カ国での2位争いになっていった。そして4勝3敗で迎えた予選最終戦のアウェー・西ドイツ戦で、起死回生の勝利を挙げて20年ぶりの本大会出場権を獲得した。すでに西ドイツが出場権を獲得していたとはいえ、過去ワールドカップの欧州予選で一度も敗れたことがない西ドイツに初黒星を味わせた。
アウェー・ポルトガル戦に勝利して3戦全勝で好調な予選スタートをきった西ドイツは、その後も順当に勝点を積み重ねて2試合を残して早々に予選通過を決めて本大会出場権を獲得した。しかし、チームの前評判は思ったよりも低く、本大会でもあまり期待はされていなかった。
出場選手(ポルトガル)
GK 1 M・ベント Ⓒ 1986年のワールドカップに出場。1970年代から1990年代前半のポルトガルを代表するゴールキーパー。
DF 2 J・ピント 1986年のワールドカップに出場。1980年代から1990年代のポルトガルを代表する史上最高の右サイドバックの一人。
DF 4 A・ペレイラ ▼78分
DF 5 エウリコ
DF 3 アウグスト・イナシオ 1986年のワールドカップに出場。
MF 8 J・マガリャンイス 1986年のワールドカップに出場。
MF 7 A・アンドレ ▼46分 1986年のワールドカップに出場。
MF 6 カルロス・マヌエル 1986年のワールドカップに出場。
MF 10 J・パチェコ 1986年のワールドカップに出場。
FW 9 F・ゴメス 1986年のワールドカップに出場。
FW 11 P・フットレ 1986年のワールドカップに出場。1980年代から1990年代のポルトガルを代表するドリブラー。後年J・リーグの横浜フリューゲルスに選手として在籍する。
MF 16 ディアマンティーノ △46分 1986年のワールドカップに出場。
MF 15 A・ソウザ △78分 1986年のワールドカップに出場。
監督 J・トーレス 1960年代から1970年代のポルトガルを代表するストライカー。1966年のワールドカップに選手として出場して3位入賞に貢献し、1986年のワールドカップに監督として出場。
出場選手(西ドイツ)
GK 1 H・シューマッハー Ⓒ 1982年、1986年のワールドカップに出場。1970年代から1980年代の西ドイツを代表する史上最高のゴールキーパーであり、欧州を代表するゴールキーパーの一人。
DF 2 T・ベルトールト 1986年、1990年、1994年のワールドカップに出場。
DF 5 M・エルゲット 1986年のワールドカップに出場。
DF 4 D・ヤコブス 1986年のワールドカップに出場。
DF 3 M・フロンツェック
MF 8 L・マテウス 1982年、1986年、1990年、1994年、1998年のワールドカップに出場。1980年代から1990年代のドイツを代表する史上最高の選手の一人であり、欧州を代表する史上最高の選手の一人。1990年にバロンドール受賞。
MF 10 W・F・マガト 1982年、1986年のワールドカップに出場。1970年代から1980年代の西ドイツを代表するゲームメーカー。
MF 6 H・P・ブリーゲル 1982年、1986年のワールドカップに出場。1970年代から1980年代の西ドイツを代表するディフェンダー。
MF 11 R・ファルケンマイヤー
FW 7 P・リトバルスキー 1982年、1986年、1990年のワールドカップに出場。1980年代から1990年代の西ドイツを代表するドリブラー。後年J・リーグのジェフ市原に選手として在籍し、アビスパ福岡に監督として在籍する。
FW 9 R・フェラー 1986年、1990年、1994年のワールドカップに出場。1980年代から1990年代前半のドイツを代表するストライカー。後年ドイツ代表監督に就任し、2002年のワールドカップに監督として出場して準優勝に導いている。
監督 F・ベッケンバウアー ドイツ史上最高のスーパースター。1960年代後半から1980年代前半の西ドイツを代表する史上最高の選手であり、欧州を代表する史上最高の選手の一人。1966年、1970年、1974年のワールドカップに選手として出場し、1974年はキャプテンとして優勝に貢献し、1986年、1990年のワールドカップに監督として出場し、1990年は優勝に導いている。1972年、1976年にバロンドール受賞。
試合結果
1985年2月24日 エスタディオ・ナシオナル(リスボン)
ポルトガル 1-2 西ドイツ
得点 P・リトバルスキー(西ドイツ) 28分
R・フェラー(西ドイツ) 37分
ディアマンティーノ(ポルトガル) 57分