両国の勝ち上がり状況
イタリアはグループEに入り、グループ戦終了時点で4チームが全て勝点4に並ぶ大混戦になった。総得点と直接対決の結果、グループ3位でギリギリの通過となった。さらに決勝トーナメント1回戦ではナイジェリアに試合終了寸前までリードを許し、もはやアズーリのワールドカップはこれまでかと思われた時に、R・バッジョが起死回生の同点ゴールを挙げ、延長戦でもPKで逆転ゴールを挙げてナイジェリアを振り切り、準々決勝に進出した。
スペインはグループCに入り、ディフェンディングチャンピオンのドイツと同組だったが、他がボリヴィア、韓国の2強2弱の構図でグループを無難に2位で通過した。決勝トーナメント1回戦ではスイスを3-0と快勝して準々決勝に進出した。
試合
この大会の両国の監督、イタリアのサッキ監督とスペインのクレメンテ監督はそれまでの両国の伝統を覆す考えを持った監督であった。イタリア伝統の守備力を中心としたサッカーから、サッキ監督の代名詞ゾーンプレスで早いパス回しで攻撃を目指すサッカーと、スペイン伝統の華やかな攻撃が中心のサッカーから、守備を中心にバランスを重視したサッカーを目指すクレメンテ監督の対決でもあった。
サッキ監督が目指すゾーンプレスのサッカーはアメリカの猛暑もあって、大会を通してあまり機能しているとは言えなかった。むしろスペインの方が面白味には欠けるが、バランスを重視している分、チームは機能している感じであった。
試合の方は、中盤での激しい攻防が続き、一進一退の立ち上がりとなった。先制したのはイタリアで前半25分、左サイドでボールをキープしたドナドーニがD・バッジョにパスを出し、ペナルティエリア外から強烈なミドルシュートを突き刺して先制点を挙げた。結局そのまま1-0で、イタリアのリードで前半を終了した。
後半はビハインドを追うスペインのペースで始まり、後半58分左サイドをドリブルで駆け上がったセルジが折り返したところを、カミネロがシュートを決めてスペインが同点に追いついた。勢いにのるスペインは、その後もゴイコエチェア、ルイス・エンリケがシュートを放ってイタリアゴールを脅かし、イタリアは防戦一方になっていった。
そして後半83分、スペインに決定的チャンスが訪れた。ナダルが自陣からのロングフィード一発でフリオ・サリナスがGKパリューカと一対一になるが、GKパリューカのスーパーセーブで防がれ勝ち越しのチャンスを逃してしまった。その5分後の88分、それまで防戦一方だったイタリアがドナドーニ、ベルティ、シニョーリと繋いで、シニョーリがR・バッジョにラストパスを送り、R・バッジョがGKスビサレータをかわしてゴールに蹴り込み、イタリアがたった一発のカウンターで勝ち越し点を挙げた。
その後はスペインの猛攻を防いで逃げ切り、イタリアの勝利で試合は終了した。しかし終了直前、タソッティがルイス・エンリケの顔面に肘撃ちを喰らわせて鼻骨を折り、最後は少々荒れた展開で終わってしまい、後味の悪さが残ってしまった。
その後の両国
イタリアは準決勝でブルガリアをR・バッジョの2ゴールで下して決勝に進出し、ブラジルと対戦するがスコアレスのままPK戦までもつれ込んだ試合はバレージ、マッサーロ、そして最後はR・バッジョがPKを外して終了し、準優勝に終わった。最後PKを外したR・バッジョのうしろ姿は、今でもワールドカップの名シーンとして多くの人々の記憶に残されている。
ベスト8で散ったスペインはクレメンテ監督が続投し、次なるビッグトーナメントEURO1996に挑むことになる。選手の入れ替わりはあるものの戦術、戦略は変わらず、この後31戦無敗の記録を打ち立て無敵艦隊と呼ばれるようになる。あと欲しいのは結果だけか…。
出場選手(イタリア)
GK 1 G・パリューカ 1994年、1998年のワルードカップに出場。
DF 9 M・タソッティ 1994年のワルードカップに出場。
DF 4 A・コスタクルタ 1994年、1998年のワルードカップに出場。1980年代後半から2000年代のイタリアを代表するディフェンダー。
DF 5 P・マルディーニ Ⓒ 1990年、1994年、1998年、2002年のワルードカップに出場。1980年代から2000年代のイタリアを代表する史上最高の選手の一人。
DF 3 A・ベナリーヴォ 1994年のワルードカップに出場。
MF 15 A・コンテ ▼66分 1994年のワルードカップに出場。後にイタリア代表監督に就任。
MF 11 D・アルベルティーニ ▼45分 1994年、1998年のワルードカップに出場。1990年代から2000年代前半のイタリアを代表するゲームメーカー。
MF 13 D・バッジョ 1994年、1998年のワルードカップに出場。
MF 16 R・ドナドーニ 1990年、1994年のワルードカップに出場。1980年代から1990年代のイタリアを代表するミッドフィルダー。後にイタリア代表監督に就任。
FW 10 R・バッジョ 1990年、1994年、1998年のワルードカップに出場。1980年代から2000年代前半のイタリアを代表する史上最高の選手の一人。1993年にバロンドール受賞。
FW 19 D・マッサーロ 1994年のワルードカップに出場。後にJ・リーグの清水エスパルスに選手として在籍。
FW 20 G・シニョーリ △45分 1994年のワルードカップに出場。
MF 14 N・ベルティ △66分 1990年、1994年のワルードカップに出場。
監督 A・サッキ イタリア史上最高の監督の一人。1994年のワルードカップに監督として出場し、準優勝に導く。
出場選手(スペイン)
GK 1 A・スビサレータ Ⓒ 1986年、1990年、1994年、1998年のワルードカップに出場。1980年代から1990年代のスペインを代表するゴールキーパー。
DF 2 A・フェレール 1994年、1998年のワルードカップに出場。
DF 5 アベラルド 1994年、1998年のワルードカップに出場。
DF 20 M・ナダル 1994年、1998年、2002年のワルードカップに出場。1980年代から2000年代前半のスペインを代表するディフェンダー。甥は世界的プロテニスプレーヤーのラファエル・ナダルである。
DF 3 J・オテロ 1994年のワルードカップに出場。
MF 7 A・ゴイコエチェア 1994年のワルードカップに出場。後にJ・リーグの横浜マリノスに選手として在籍。
MF 10 J・バケーロ ▼65分 1990年、1994年のワルードカップに出場。
MF 18 R・アルコルタ 1990年、1994年、1998年のワルードカップに出場。
MF 12 セルジ ▼60分 1994年、1998年のワルードカップに出場。
MF 15 J・カミネロ 1994年のワルードカップに出場。
FW 21 ルイス・エンリケ 1994年、1998年、2002年のワルードカップに出場。1990年代から2000年代前半のスペインを代表するオールラウンドプレーヤー。後にスペイン代表監督に就任し、2022年のワールドカップに監督として出場。
FW 19 フリオ・サリナス △60分 1986年、1990年、1994年のワルードカップに出場。1980年代から1990年代のスペインを代表するフォワード。後にJ・リーグの横浜マリノスに選手として在籍。
DF 6 F・イエロ △65分 1994年、1998年、2002年のワルードカップに出場。1980年代後半から2000年代前半のスペインを代表するボランチ、ディフェンダー。後にスペイン代表監督に就任し、2018年のワルードカップに監督として出場。
監督 J・クレメンテ 1994年、1998年のワルードカップに監督として出場。
試合結果
イタリア 2-1 スペイン
得点 D・バッジョ(イタリア) 25分
J・カミネロ(スペイン) 58分
R・バッジョ(イタリア) 88分